あまりにも人気がなくさびしげな兜町辺りを早々に切り上げ、またもや三越方面へ。

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11月21日(火)ひっそりとした江戸の遺跡「常磐橋門跡」

あまりにも人気がなくさびしげな兜町辺りを早々に切り上げ、またもや三越方面へ。
休日のオフィス街とは打って変わり、三越は人が多いですね。
しかもセレブと思しき人ばかりでした。
テクテク歩いていると、なかなか時代を感じさせる橋をまた発見。
なんて書いてあるか読めません。
渡ってみました。

「常磐橋門跡」だそうです。
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〜説明版より〜
この橋は常盤橋といい三代将軍家光の頃までは、大橋とも浅草口橋ともよばれました。
しかしその名はよくないので改名するよう、町年寄の奈良屋市右衛門に命ぜられました。
市右衛門は自宅に寄宿していた浪人に頼んで、橋の名を考えてもらい、常盤という名を献じました。「金葉集」の大夫典侍の歌に“色かへぬ松によそへて東路あずまじの常磐のはしにかかる藤波”とあり、その歌の心を松平の姓にかけためでたい名です。なお常磐と常盤の文字のちがいがみられます。
橋詰に北町奉行所があったこともあります。
関東大震災後下流に常盤橋が架けられました。
現在の石橋は枡形ますがたに使っていた石を用いて、明治10年(1877)に改架した都内随一ずいいちの貴重な洋式石橋です。橋の銘板には常磐橋とあり城門の枡形の一部も現存しています。
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奥へ入って行きますと常盤橋公園があります。
この石垣が、江戸城の城門の枡形石垣の一部だそうです。

この城門を残すために尽力した澁澤榮一像。

日本橋を色々と散歩してみて、江戸時代から残っていたものはこれだけでした。。
ちなみ上のある常盤橋は車の通行はできません。
下の写真が、今現在の常盤橋です。

帰る前にもう一度三越前へ。

ゴール。
イルミネーションがとてもキレイでございました。

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